「複合汚染」 を読んで

有吉佐和子さんは小説家です。当時の環境汚染について素人であり、研究家であり、当時誰よりも環境汚染に詳しい人だったのではないかと思います。ご自身で勉強し、ご自身の足を使い、相手が科学者だろうと政治家だろうと、本田宗一郎さんだろうと、分からないことや疑問に思うことをどんどん質問し、問題を追及しようとしている姿勢を持たれている方です。いつも私のとりとめのない感想文を読んで頂きご意見をくださる方からご紹介頂いた本です。


私は馬鹿だから簡単に説明してくれ、科学者というものは分かりにくい、こんなことも知らなくてよく小説が書ける、と自分を卑下する場面が何度もありますが、この問題群を本当に分かっている人は、現実として誰もいませんでした。農薬や化学肥料の成分は農薬会社や化学会社の技術者ならわかります。自動車の触媒や排出ガスについては、技術者が詳しく知っています。その成分が生物にどんな影響を及ぼすかは科学者が知っています。それぞれの専門知識の情報を集めて論理的に考えるとどうなるか、どういう結果になるかということを考えている人はいないからです。それは本来は、農業や工業や流通の安全をトータルで考えて、農家や技術者や科学者や主婦や子供の、まさに国民の幸福を指導していくのが、行政のあるべき姿であるはずだということを、繰り返し言われています。放射能廃棄物についての処理の問題にも、35年前にすでに触れていることに驚きました。


いつもいつも政治家が悪い、行政が悪いと言われて気の毒になりますが、福島原発の後の食品の問題や、復興予算の使途問題、などを見ていると、こんな楽しそうな世の中になったのに、安全や幸福はちゃんと指導されているようには思えません。私も、お上が言うこと、決められたことを、右から左へ黙ってこなして選挙ではろくに考えずに考えたふりをして一票を投じながら、いつのまにか色んな意味で汚染され死んでいくだけのようです。この遺伝子は、官僚主義の国になった頃からか、江戸時代からのお上の言う事には黙って聞くの名残りなのか。


タイトルに使われている複合汚染という言葉について。一つの成分の毒性は把握できています。ある毒とある毒が複数混ざり合ったらどうなるかということをまだ誰も(昭和50年)分かっていませんでした。そういった危険な複数の毒物が混じった農薬や化学肥料や洗剤や排ガスの成分が化合し、土壌や海水に染み込み、それを口にする人間の口に至るまで、蓄積される。でも私は、有吉さんがもう一つの複合汚染を言っていたように思えます。それは、私たちの社会システムの複合汚染です。こういう一見楽しげな社会です。消費者の意見やニーズにはすぐ答えてくれて、すぐさま欲しい製品が手に入る。素晴らしい世の中ですが。


私は物事をまとめたり論理的に考えたりするのが不得意です。疑問点を腹落ちしないまま終わらせてしまうこともよくあります。小説家といえる類のものではない小説家が、この深く大きい問題に対して、ある意味楽しげに、人との交わりを楽しみながら、問題提起し調査していく姿勢に感銘を受けました。また読み直したいと思います。