「アーロン収容所」  を読んで



会田雄次氏は、復員後、神戸大学助教授となり、日本文化や西洋文化、歴史や人文学に関わる本をたくさん出版しておられます。出兵される前からこういった分野の勉強をされて、ビルマ戦線とアーロン収容所での強烈な経験が、会田さんの人生観にさらに大きな影響を与えたのだと思います。


私はこの本を読んでも、会田さんが味わった苦しみや絶望感を、考え切れるとは思いません。たまたま自分がまだ生き残っていて、明日は自分が死ぬかもしれない絶望感。戦争が終わり、もしかして生きて帰れるかもしれないというかすかな希望。そして希望がかなった後に生まれる次なる欲望。そういった極限状態からの人間の心理が描かれています。


私が捕虜なら、極寒のシベリアで凍えて働かされることや、シナの収容所で憎しみの混じった拷問を受け続けることと比較すると、糞尿掃除させられてイギリス人に人間扱いされなくても、奴隷として生き続ける方が、プライドはありませんが耐えられる気がします。


ビルマの日本人捕虜の多くは、日本人の特性である手先の器用さと、ずるがしこさと(良く言うと暗算できて計算高く教育水準が高い)、長い物には巻かれる卑屈さを発揮して、生き抜いてきた話しが紹介されています。私がこの本を読んで初めて知ったことは、同じ日本人捕虜でも、元将校と元兵士とでは、立場やプライドの違いから、より卑屈になりきれない元将校の捕虜が、長く辛い思いもしたということ。そしてもうひとつは、戦闘下の極限状態で素晴らしい能力を発揮した者が、捕虜生活や、安全な世界では必ずしも能力を発揮するとは限らないことでした。


そういった捕虜生活の中で、貧しさとひもじさから、卑屈になり盗みや悪だくみを働く日本兵捕虜(著者たち)に対して、「日本人は自分の国が正しいと思って武士道で戦ったのだろう?」と怒るイギリス人。「ビルマは昔は大国。イギリス、日本、またイギリスに支配される。イラワジ川の流れと同じ」と諦観の教えを説くビルマ人。「またイギリスを反撃して追い出してほしい」と願うインド人。これらの言葉が印象的でした。


日本はアジア解放という理想を持っていた、というとさまざまな意見があり、独りよがりに終わったというイメージが強いですが、日本人が思っていた理想と同じように、アジアの国々の人は長く欧米の支配されていた歴史からの解放を望み、日本に理想を託していた人はいたのだと思います。敵国であるイギリス兵士の中にも、差別意識のない者は、お互いの国が何の為に戦うかという理想を認めていたということなのでしょうか。共産圏と自由主義圏との戦いが終わりましたが、次は自由主義の中での欲望の社会が暴走し始めています。それは、危険で貧しい国々から搾取することで、豊かな国々が成り立っていることに気づいていないことが証明だと思います。


西洋のヒューマニズムの限界という副題です。西洋人のアジア人に対する人道の考え方の限界という意味だと思います。これからの世界は、アジア、アフリカが、後進国として差別されることなく、同じ教育同じ生活を送れることだと思います。こういうことを広めるのは、日本のヒューマニズムが一番合っているのではないかと思います。